陳式心意混元太極拳

1.陳式心意混元太極拳の成立

 太極拳の源流は陳式太極拳と言われていますが、その陳式太極拳の名人と言われている人に陳式17世(北京陳式1世)の陳発科公がおられます。陳式太極拳の源流は陳家溝ですが、名人陳発科公が北京に出てきて以来陳式太極拳の拠点は北京にもできたという事です。因みに現在の陳家溝の四天王は陳発科公の甥陳照丕老師の弟子です。

 陳発科の太極拳は北京を中心に広まりこれを北京陳式と呼び、陳発科の弟子や孫弟子がメンバーとなり様々な活動をしています。この北京陳式は色々な点で陳家溝の太極拳とは異なります。それは陳発科老師が北京に滞在している間にその拳に改良を加えていったからなのです。

 まず套路ですが、陳発科公は元々あった套路に改変を加えた新しい套路を作りました。これを北京陳式の老架式と呼びます。この老架式を陳家溝では新架式と呼び、主として陳発科の弟子経由陳家溝にも伝播していきました。馮老師にお聞きした話では陳発科の息子の陳照圭老師は陳発科老師が正宗であるので、新架式と呼ぶのはおかしいと言われていたとの事です。 陳発科公は陳式太極拳は陳氏のものでは無いと常々言われており、陳氏でなくても入室の弟子には全伝を伝えていったとの事です。従い北京陳式に於いては陳氏太極拳とは言わず陳式太極拳と呼びます。逆に陳氏であっても入室していなければ套路の要訣も含め全伝は伝わっていないわけです。

 この陳発科公は心意拳の胡耀貞老師と意気投合し、両者の弟子の内選りすぐった弟子に両老師が拳を教える一方、両老師が交流、研鑽を行いました。その結果創った拳が陳式心意混元太極拳です。陳式拳の核心は失う事なく、心意拳の良い処を取り入れた拳と言え、我々後学の者に取っては宝となる太極拳を残されました。

 因みにこの陳発科老師と胡耀貞老師の力量はどちらが上だったのでしょうか?今は両名とも鬼籍に入られ知る由もありませんが、馮老師の口ぶりから私が推測するに胡耀貞老師の方が上だと見ておられた気がします。

 胡耀貞老師を評して「神」だといつも言われており、「拳聖」と評される陳発科老師より上と見ておられたのではないかと思います。

2.陳式心意混元太極拳の特徴

  1. 混元内功
     まず初めに混元内功の存在がこの太極拳を特徴付けています。

     套路を練っても内功となるし、站椿(タントウ)を行っても内功となりますが、この内功は功夫(修行による威力)が短時間で上がる事が決定的に違います。又健康にも他の内功と違った威力を発揮するようにできているとの事です。

     この内功は陳式の内功法と心意拳の内功法をベースに両老師が研鑽して作られたもので他の内功とは異なる効果を顕すと言い伝えられています。両老師はこの内功法の外伝は固く禁じられたそうです。

     この内功にはエピソードがあります。馮老師は陳発科公より陳照圭老師の面倒を見るように依頼されており、照圭老師がどこかに出かけて教授する際にはいつも事前に馮老師に相談されていたそうです。ある時、照圭老師が出張教授する話があり、珍しく馮老師が反対されたそうです。しかし、照圭老師はどうしても行きたいという事で出かけたそうですが、その出張から戻られたら混元内功を伝授する事になっていたそうです。しかしながらその出張から戻らず照圭老師は亡くなったとの事です。この話をされる時の馮老師は何時も非常に悲しそうな表情をされます。

     この内功は外伝(入室の弟子以外に伝える事)する事を固く禁じられていたものですが、馮老師はこの太極拳を学ぶ一部の人には外伝する事に決めました。それはこの内功は真に健康に良い事が馮老師の体験として分かったからで、これを人類の役に立てようとの気持ちからでした。

     混元内功では先天の気(各人が元々持っている気)と後天の気(気功や食物から得た気)を合わせて混元気を丹田につくります。そしてその混元気を練り込んでどんどん大きくしていくのです。混元気は誰でも感じられるものでこの気が大きくなれば勁(気による力)も大きくなるという理屈です。

     この混元気は精神的なものでは無く、例えば私の混元気を皆さんがお腹の上から触ると感じられます。

     この太極拳で一番大切な事は先ず混元気を得る事であり、型である套路も、推手も全てその延長線上にあります。これを得れば健康にも寄与するし、又太極拳の武術としての力である功夫もでてきます。混元気が無い太極拳はあんこの無い饅頭のようなものです。

     以前馮老師にどうすれば早く功夫が得られるかお聞きした事がありますが、その時言下に太極混元内功を練る事と言われました。実際師兄弟で太極混元内功を練る事により通常より早く功夫を身につけた例も見てきましたので私も今ではそう思います。

     太極混元内功を練っていくと、通常の人で3か月の修練で気を感じ始め、最初は丹田や労宮(手の平にあるツボ)が感じやすく、更に続けていけば涌泉(足の裏にあるツボ)が感じ始め、体全体が常に暖かくなります。更に1年続けて行けば丹田に充実感がでてきます。これと並行して意念を使い乍ら太極拳の套路を練っていけば上記で得た混元気が身体中に行き渡り骨の中まで通っていき勁(力)が出てくるようになります。従い健康だけでなく武術にも役に立つということになります。

      またこの内功法を練っていくと気膜ができ、この気膜が身体を守ってくれるので風邪も引きにくくなるのです。実際私も含め私の生徒も殆ど風邪を引く事はないようです。
  2. 混元24式
     この套路は胡耀貞老師と陳発科老師が創った混元一路の套路を更に陳発科老師の指示に基づいて馮老師が改良したものを短く24式に纏めたものです。以下の特徴があります。

    • 混元(球)の動きが織り込まれており、練り続けていくと丹田に出来た混元球が連動して身体の他の部位に伝 わっていくというものです。
    • 太極拳は別名開合拳と言われていますが、この套路では開合が至る処で強調されています。
    • 纏絲内功(これも陳式太極拳では秘伝)が織り交ぜられており、套路を練る事が取りも直さず纏絲内功を練る事となります。従い、纏絲勁が出てくるに随い、纏絲の気持ちよさが感じられるようになります。
    • 跳躍の動作が無いので御高齢の方でも練る事が可能です。この24式で足を上げる部分があるが、足を上げないバージョンもあります。
    • 気の動きがスムーズになるように改良されています。
     尚、現在太極会では健身班の方は私が創った13式(24式を更に短くしたもの)から始める事としています。
  3. 太極拳と健康
     大多数の人にとって太極拳をどうして始めるか?その動機の大半は健康そうだからという事に尽きると思われます。

     その健康を確保する為には、長い套路(陳式であれば一路、二路の套路)を練習する必要はなく、陳式簡化24式太極拳と気功である太極混元内功を練習すれば良いのです。先ずは気功(太極混元内功)で気を増加し、その気を24式の太極拳で体中に循環させ且つ同時に増大させるのです。風船の空気が減ると皺ができますが、これが種々の病です。空気を入れると皺は自然となくなるが如く、気が充満すれば病はなくなるのです。

     今までは多くの人は健康を目的として太極拳を行う場合制定太極拳(中国政府が太極拳の主要5流派の技を網羅し作った太極拳で中国では体育委員会を中心に普及されており、特に24式は套路も短いのでかなり普及しています)の24式を行うのが普通でしたが、この陳式簡化24式と太極混元内功は伝統太極拳が、その精髄を傾けて出した健康の為の太極拳の一つの回答と言えます。

     一言でこの太極拳の特徴を言えば[養、功、拳が一体の太極拳]です。

    内気を養い育てる事が太極拳の基礎となります。太極混元内功(気功)は正に養生にもつながるのです。
    これにより武術で大切な功夫(修練による力)が増大します。
    上記が優れた技巧を保証する事になります。 即ち、馮老師は"練拳不知養、到老功不長"(拳ばかり練習して養うことを知らなければ、年をとってから功は無い)と言われます。
  4. [その他]
     私は幼少より武術に関心があり空手をやってきましたが、明らかに大多数の人は武術より健康に関心があると思います。従って、その大多数の要望に応えられる太極拳で、かつその大きな母集団の中から武術としての太極拳に興味ある人が出てくれば、それはそれで良い事と思います。実戦太極拳家として鳴らした馮老師ではありますが、老師が公園を散歩し、一般の方と話をする内に(馮老師は公園で一般の方々と冗談を言いながら話をするのが結構好きなご様子でした)、皆さんから套路が短く覚えやすく、健康に良い太極拳を要望されたのではないかと思います。また、周りをみれば、制定太極拳24式があちこちの公園で行われおり、老師自身もその必要があると感じられたのではないかというのが私の推測です。

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